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人はなぜ美しいがわかるのか(橋本治/筑摩書房)   言葉

あー。13年ぶりに気分の悪い本を読んだ。この橋本って奴は数学や科学が苦手で、冒頭で論理でもって美しさを解き明かすと宣言します。方法論から制限を試みる場合、制限したなりの面白い結論を言わなきゃいけません。世の中そういうもんです。橋本はそうじゃない。ただ単純にバカなだけ。

>「美しい」とは、「合理的な出来上がり方をしているものを見たり聴いたりした時に生まれる感動」です。
>私はそのように思い、そのように規定しますが、これは別に、私一人の勝手な思い決めではないでしょう。

「美しい」と「合理的」は全く別の言葉です。何の因果関係もありません。なぜなら「合理的」は検証して初めて明らかになることで、「美しい」のように瞬間的に訪れる衝動ではないからです。

>「美しさが感動を呼んだ」という便利な慣用句もあるのです。
>これを使えば、「なんだかよくわからない感動」だって、すんなり人に伝えることが出来ます。

要するに橋本は「感動」もよくわからないそうです。感動とは「こうなって欲しい」「でも無理だろう」と思っていたことが実現した時に起こる感情の波です。

>女の美しさに対してある一定のガイドラインを設定しているのに対して、男の美しさに対するガイドラインが無い。
>(中略)
>「いい女」と「美しい女」がほぼ一致するのに対して、「いい男」と「美しい男」の間にある程度以上のぶれがあるのは、
>そのためです。

前提にも賛成しませんが、この場合の「いい女」は「(美しさについて)良い女」を意味するので、当然、同義語になります。曖昧な言葉なので私は「いい女」は使いません。「いい人」は使います。誰が聞いても「人が好い」の同義語であることが明らかだからです。

>「美しい」は直接的には何の役にも立たない発見です。

以前も少し述べましたが「美しい」とは「難しい」ことで、「稀なこと」の内、「ポジティブな物事」に対する形容詞です。英語ではHow are u?に対してもbeautifulと言うことがあります。「一年の内でも稀なほどに最高だよ」という意味です。ちなみにprettyは控え目なbeautifulです。そういうわけで「美しい」ものは全て「難しく稀で高度な」ものなので、極めて重大で偉大な発見です。誰も知らない美しい物事を発見することを発明と言います。よく勘違いする人が居ますが、発明とは新たに何かを生み出すことではありません。なぜなら全ては神の手によって元々存在するからです。

>なぜ私の話は分かりにくいか(P52)

てめーで全然分かってねーからだよ。ばーか。

>「カッコいい」がまともなものとして扱われないのは、この言葉が「利己的であることをいとも率直に表明してしまった言葉」
>だからなのだと思います。「カッコいい」は利己的な言葉です。「いい女」「いい男」の「いい」は、それを思う人間の欲望に
>合致すればこその「いい」であり「合理的」だということを思い出してください。「カッコいい」も同じです。

違います。「カッコいい」が持つポップな語感は別にして「カッコいい」「粋である」「風流である」はいずれも相対的な価値観だからです。人の姿にはもともと「美しい」も「カッコいい」もありません。ライオンやトラでさえ人間を恐れています。これらは後付けの相対的な価値観で、全員が同じ姿なら、全員がカッコいいかというと、そうではありません。そこに基準線が引かれるだけです。基準線からポジティブな角度に若干推移した少数派が「カッコいい」と定義されます。その証拠に「美しい」「カッコいい」の定義は時代々々で移り変わります。単純に言って、それがその時代の少数派だったからです。僕は子供の頃ニッキー・シックスがカッコいいと思っていましたが、ニッキー・シックスになりたいとか、ましてやニッキー・シックスとやりたいと思ったことは一度もありません。なりたいものは別に用意されていました。単純に言ってニッキー・シックスが少数派だったからです。

>「なぜそうなったか?」を考えて意味があるのは、その後の結果に納得がいかない時だけです。「なぜかは知らないが、
>これはこれでそういうもんだからこれでいい」と思っている時は「なぜそうなったか?」は、どうでもいい問いなのです。

これが結びの言葉です。ひでえ本だなぁ。。世間の傾向として「どうでもいい」が安易に使われすぎる気がするね。世の中に「どうでもいい」ことはほとんど無いと言っていい。「なぜそうなったか?」を日頃から追求していない人間に論証本を書く資格はありません。音楽でもゲームでも映像でも、別の誰かの発明について「なぜ良いと感じるのか」を突き詰めなければ人類全体としての進歩がありません。僕らから見れば自動化できません。ただまぁ、だいたいこの程度なんだけどね。この橋本辺りの低い位置が基準線だからニーチェやウィトゲンシュタインを読んだ時に感動する。僕の精神年齢は12歳だから、大人は、まして作家の先生方は自分よりもっと色々わかる筈だと潜在的に思い込んでるわけ。それが裏切られるから

おいおいカネ返せよくそが

と思うんで、どいつもこいつもこの程度だと思えば平穏無事に生きていける。
ただ今までに否定的な感想を持った書籍はほとんど筑摩文庫。
筑摩文庫には特別な何かがあるのかもしれない。

BlogMode speed member / 2009.01.06 09:05

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