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韓国・中国「歴史教科書」を徹底批判する(小学館文庫)   政治::書籍

同じ藤岡寛次が書いた韓国と歴史は共有できないという文庫はつまらないんだけど、これは面白い。表題の文庫は全項目に情報の出所を明記・引用してあり、全ての言葉遣いが毒を含んでる。みんな日本史や世界史をどんなに勉強しても、朝鮮史はなかなか知らないでしょ。なぜって世界史から見れば朝鮮史は琉球史みたいなもんだからさ。朝鮮は朝鮮という国号さえ宗主国に決めてもらった中国の地方政権に過ぎず、加えて従順で反乱や革命を一切起こさないから世界史の一部として扱われることがない。謎の(悲惨な)朝鮮史を情報の出所を明記しながらまとめてもらうだけでもかなり面白いのに、現行の韓国の歴史教科書と対比させることで二度面白い構図になっている。

朝鮮が中華の属国であったことは誰もが知るところで、この事実は韓国の教科書にも載っています。載っているのになぜ東北工程で「明の地方政権であった」と言われた時に騒ぎ立てたのかは漏れは知らない。朝鮮人の行動原理を日本人に訊いてはならない( ´ ー ` )

朝鮮は明と親善関係を維持して王権を固め、国の政治を安定させようとした。(中略)明との外国は朝鮮側がより積極的であった。朝鮮は朝貢を通して明の名分を立ててやり、使臣の往来を通して経済的・文化的実利を得た。しかし後には行き過ぎた親明政策に流れる傾向が表れた。

P78〜P79の出来事ですが、この頃になると作者はもう切れてしまってる。

これは何を言いたいのかというと、要するに朝鮮は明を宗主国とする属国ではあったが、それはあくまで建前に過ぎない。朝貢によって明の名分を立ててやったに過ぎないので、「経済的・文化的実利」を得ることに主眼があったと言いたいのである。

丙子胡乱で朝鮮は明に続いて清にも降伏し、年4回の朝貢を義務づけられます。内訳は黄金100両、白銀1000両、20余種の物品、牛3000頭、馬3000頭、美女3000人。

「経済的・文化的実利を得た」だと?( ´ ー ` )

だいたい美女なんて半島には一人もいないんじゃないの(;´Д`)y-~
昔はいたのが朝貢によって絶滅したのか。仙台市みたいなもんか。

1637年から1881年までの244年間に、清から朝鮮への勅使派遣は161回に及び、朝鮮から清への朝貢使は500回以上にも及んでいた。清の勅使を迎えるたびごとに、朝鮮国王は漢城郊外の迎恩門に至り、土下座して恭しく勅使を迎えた後、慕華館で勅使の接待をする事を余儀なくされていた。毎年4回とされた朝貢は、1644年以降は毎年1回に減らされたが、それでもこれは他の朝貢国に比べると並はずれて多い。琉球は2年に1回、タイは3年に1回、ベトナムは4年に1回、ビルマやラオスは10年に1回であった。朝鮮こそ最も中国に忠実な、朝貢国の優等生だったのである。

朝鮮史は面白いでしょ。こんな悲惨な歴史しかないんだから、敗北と朝貢の歴史ばかり熱心に教えたところで国は絶対まとまらない。そこで反日を持ち出してネガティブにまとめて行くわけですよ。中国も立派な歴史を探そうとすると春秋戦国まで遡らなくてはならない。したがって彼らの反日をやめさせるには、国内を一つにまとめるための思想的代案をこちらから提示しなくてはならない。ここを解決しない限り、彼らが反日をやめると宣言しても決してやめられないし、彼らが示すのとは異なる歴史事実を日本が提示することは迷惑この上ないというわけです。せめてアメリカのように自力で独立していたり、フランスのように自力で革命を成功させていれば、それを誇りに生きていけるんだろうけどね。朝鮮には何も無くて、戦争に勝ったことさえ一度もない。世界最弱対決となった仲間割れの朝鮮戦争も、連合軍が38度線まで挽回しただけで、実質北が勝ったようなもんでしょ。北も決して感じが良くはないけど、南がさらに感じが悪いのも、そのへんに原因がありそうな気がするな。

# 丙子胡乱で45日間耐えたと誇らしげに語ってるのも個人的には右肘に違和感。
# 小田原城でさえ4ヶ月。秋山信友の籠城より短いよ。

BlogMode speed member / 2006.11.25 23:03

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